
黒田官兵衛
「我が才、生まれた時代を誤れり」
- 01小寺家の家老の子として
- 02信長との邂逅と播磨平定
- 03有岡城の幽閉 — 一年間の地獄
- 04本能寺後の「中国大返し」
- 05九州征伐と豊前中津12万石
- 06関ヶ原 — 九州での独自戦
- 07晩年と「如水」
小寺家の家老の子として

官兵衛、信長への進言「天下を獲る器は、織田殿の他にあるまじく候。」
信長との邂逅と播磨平定

本能寺の報を聞いた秀吉への一言「ご運の開け候。」
有岡城の幽閉 — 一年間の地獄

「我が才、生まれた時代を誤れり。」
本能寺後の「中国大返し」

九州征伐と豊前中津12万石

関ヶ原 — 九州での独自戦

晩年と「如水」

- 01
信長から拝領した「圧切長谷部」

信長は気に入った家臣に名刀を下賜した。官兵衛が拝領した圧切長谷部は、信長自ら膳棚の下に隠れた茶坊主を膳ごと圧し切った逸話を持つ無銘の名刀である。現在は福岡市博物館蔵、国宝指定。
- 02
秀吉が最も恐れた男

晩年の秀吉が、自分の死後に天下を獲る者として真っ先に名を挙げたのが官兵衛だった、と『黒田家譜』は伝える。秀吉の警戒を察知した官兵衛は早々に隠居し、家督を長政に譲って身を低くしたという。
- 03
片足の不自由

有岡城幽閉から救出された官兵衛は、髪を剃り落として現れた。湿った地下牢で痛めた片足の自由は生涯戻らなかったが、それでも軍議の場では片足を投げ出して座り、堂々と戦略を説いたと伝わる。
- 姫路城兵庫県姫路市
官兵衛が城代を務めた、後に世界遺産となる名城。
- 有岡城跡兵庫県伊丹市
幽閉された一年間を過ごした地。土牢が現存。
- 中津城大分県中津市
豊前12万石の居城。海に面した名城。
- 福岡城跡福岡県福岡市
長政が築いた居城。官兵衛の隠居地でもある。



