本圀寺の変
1569年三好三人衆の将軍襲撃と六条合戦
攻城戦山城国本圀寺(六条堀川)
永禄十二年正月、織田信長の不在を突いた三好三人衆が将軍足利義昭の仮御所・本圀寺を襲撃した政変。明智光秀ら近臣の籠城と細川藤孝・三好義継らの援軍が桂川で三好勢を撃退し、信長が二条御所造営へ動く契機となった六条合戦を読み解く。
戦いの記録を読む戦国ジャーナル / 合戦・事件
城・砦・寺院など拠点を巡る攻防戦。籠城・包囲・奇襲が交差する戦国の攻略戦を、攻め手と守り手の戦略、地形、補給の観点から整理する一覧。城攻めの流れと勝敗要因を掴めます。
収録数 15 件
1569–1614年
1573年浅井氏滅亡と長政の最期
攻城戦近江国・小谷城
天正元年(1573年)、織田信長が北近江の小谷城に浅井長政を攻めた包囲戦。朝倉氏の滅亡、羽柴秀吉の京極丸奪取、久政・長政父子の自刃、お市と三姉妹の脱出までを段階を追って解説する。
戦いの記録を読む松永久秀の最期と平蜘蛛茶釜の爆死伝説
攻城戦大和国信貴山城
1577年十月、松永久秀が信長へ二度目の謀反を起こし大和信貴山城に籠城した戦い。織田信忠軍に包囲され十月十日落城、平蜘蛛茶釜をめぐる伝説が語られる合戦を、後世軍記の爆死伝説と『信長公記』『多聞院日記』の一次史料を照合しながら読み解く。
戦いの記録を読む見殺しにされた尼子再興軍の最期
攻城戦播磨国・上月城
天正五年、羽柴秀吉が中国攻めの緒戦で奪った播磨・上月城。秀吉はここに尼子勝久と山中鹿介の尼子再興軍を入れたが、毛利の大軍に囲まれ、信長は救援を断念する。見殺しにされた尼子主従の最期と再興の夢の終わりを、時系列で辿る。
戦いの記録を読む1578年 上杉家を二分した家督争い
攻城戦越後国・春日山城/御館
1578年、上杉謙信の急逝が引き金となった家督争い。景勝と景虎が春日山城と御館に分かれて越後を二分し、武田勝頼の離反と北条援軍の遅れが景虎を孤立させた。鮫ヶ尾城に散るまでを史料で読み解く。
戦いの記録を読む羽柴秀吉の干殺しと別所長治の最期
攻城戦播磨国・三木城
天正六年からの約一年十ヶ月、羽柴秀吉が播磨・三木城の別所長治を付城と土塁で囲んだ兵糧攻め「三木の干殺し」。加古川評定の俗説から、城兵の助命と引き換えの自刃までを、付城網と兵站から順に検証する。
戦いの記録を読む信長に叛いた荒木村重と妻子の悲劇
攻城戦摂津国・有岡城
天正六年、織田信長に叛いた荒木村重と摂津・有岡城の戦い。説得の決裂、黒田官兵衛の幽閉伝承、一年に及ぶ包囲と兵糧攻め、村重出奔ののちに残された妻子一族の処刑までを、信長公記など一次史料をもとに整理する。
戦いの記録を読む渇え殺しに散った吉川経家の覚悟
攻城戦因幡国・鳥取城
天正九年、羽柴秀吉が因幡・鳥取城に仕掛けた兵糧攻め「鳥取の渇え殺し」。米の買い占めと付城の包囲で城内を飢餓地獄へ追い込み、城将・吉川経家は城兵の助命と引き換えに自刃した。三木の干殺しを徹底化した兵糧攻めの実像を囲みと兵站から整理する。
戦いの記録を読む武田家が一月で滅んだ天正十年の崩壊
攻城戦甲斐・信濃(武田領一円)
天正十年、織田信忠と徳川家康の侵攻を受けた武田勝頼が、わずか一月たらずで滅んだ甲州崩れ。木曽・穴山・小山田の離反連鎖、高遠城に散った仁科盛信の死闘、天目山の最期までを、勝頼暗愚説など後世の俗説の射程とともに史料から読み解く。
戦いの記録を読む秀吉の水攻めと清水宗治の最期
攻城戦備中国・高松城
天正十年、羽柴秀吉が備中高松城を沈めた水攻め。足守川を堰く堤で城を孤島と化した最中に本能寺の変が起こり、城将・清水宗治は城兵の助命と引き換えに舟上で辞世を残し自刃した。秀吉の水攻めと和睦の実像を地形と交渉で追う。
戦いの記録を読む信長を討った謀反の真相
攻城戦山城国・本能寺
1582年、山城国・本能寺で明智光秀が主君の織田信長を急襲し、信長は自刃。光秀が一時勝利するも山崎で敗北し、豊臣秀吉台頭の起点となった謀反の真相を、黒幕説や動機の論点まで含めてわかりやすく解説。一次史料の見方も整理。
戦いの記録を読む1585年秀吉が紀伊を平定した太田城水攻め
攻城戦紀伊国・太田城ほか
紀州征伐は天正十三年、羽柴秀吉が根来衆・雑賀衆を討った紀伊平定戦。根来寺は焼失し、太田城は紀ノ川を引く長大な堤で水攻めにされ、首謀者の首と引き換えに城兵が助命された。日本三大水攻めの一つの実像を地形と外交から検証する。
戦いの記録を読む1585年 秀吉が長宗我部を降した四国平定戦
攻城戦阿波・讃岐・伊予・土佐(四国一円)
四国征伐は天正十三年、羽柴秀吉が弟秀長に十万余の大軍を委ね、阿波・讃岐・伊予へ三方面から侵攻し、四国をほぼ統一した長宗我部元親を土佐一国へ屈服させた平定戦。一宮城の攻防と降伏の実像、四国統一の射程を三方面別に整理する。
戦いの記録を読む